ご挨拶

八大神社ブログのご訪問ありがとうございます。

八大神社は永仁2年(1294年)からある、京都一乗寺の氏神さまです。古くから「北天王」(北の祇園)と称され、皇居守護神十二社中の一つにもなっています。御祭神は「スサノオノミコト・イナダヒメノミコト・ハチオウジノミコト」で、方除・厄除・縁むすび・学業の神様として厚く信仰されています。また、八大神社本殿西に、宮本武蔵が吉岡一門と決闘した当時の”下り松(さがりまつ)”の古木が保存されています。宮本武蔵像も建立され、平成14年10月27日より公開となりました。

地域に根付き伝統を伝える「昔ながらの京都の神社」として、およそ700年の歴史と由緒を持つ八大神社。この神社と鎮守の杜が、氏子の方々、ご遠方からご近隣から訪れてくださる方々に、心の安らぎとなればうれしく思います。みなさまのご参拝をお待ちしております。

八大神社宮司 竹内紀雄 (たけうち・ふみを)竹内紀雄

御祭神

八大神社の御祭神は、一乗寺の産土神さま・氏神さまとして「素盞嗚命」「稲田姫命」「八王子命」が祀られています。

素盞嗚命
■素盞嗚命
【すさのお の みこと 】






稲田姫命
■稲田姫命
【いなだひめ の みこと】






■八王子命
【はちおうじのみこと】
(五王子・三王女)

※日本最古の木造神社壁画
※寛平五(893)年 巨勢金岡作 出雲八重垣本宮


御祭神の「素戔嗚命」について

神話の中の素戔嗚命

強く激しい気性で、田の溝を埋めたり畦をこわしたりなど粗暴な行動が多かったので、天照大神の怒りを買い、天照大神は天石窟に隠れてしまい、天地が闇になりました。神々は、素戔嗚命につぐないを命じ、素戔嗚命は髪を切りひげを抜き手足の爪を抜かれて高天原から追放されました。その後、素戔嗚命は、心から悔い改めて昼夜風雨の中を放浪辛苦を重ねたと言われています。
また、その後、出雲の国で八岐大蛇を退治して稲田姫とその両親を助けて、稲田姫と結婚されたとのことです。 (日本神話による)

牛頭天王と呼ばれる素戔嗚命

「疫病をはやらせる神」と「疫病をはやらせる神を支配する神」がいる、と信じられています。この2つはともに、人間に恨みを抱く怨霊神として恐れられていました。このうち、「疫病をはやらせる神を支配する神」の方を、古くから「牛頭天王」と呼んでいます。
牛頭天王の姿は、牛の頭に忿怒鬼神の相を表した三面の神体です。この牛頭天王信仰は、元来、インドの祇園精舎の守護神です。仏教とともに、中国・韓国を経て日本に伝わったものです。 牛頭天王の激しく荒々しい気性などが素戔嗚命と類似しているので、両神の習合になったのではないかと言われており、これが素戔嗚命の本地と考えられるようになりました。

御神徳

■1.禊祓いの神
御祭神である素戔嗚命(スサノオノミコト)は、元来、天真爛漫・無邪気でしたが、祓いを受けられた後は本来の神としての自覚のもとに自ら進んで辛苦を重ねて、立派なご神格を得られました。したがって、罪穢れを祓い清める神として祀られています。

■2.農耕の神・水の神
古来より水の神である龍(大蛇)を退治された素戔嗚命(スサノオノミコト)は、水を司る神として、また、水と関係の深い農耕の神として、信仰されました。また、妃の稲田姫命(イナダヒメノミコト)も、その名の通り「田の神様」です。

■3.森林・山の神
素戔嗚命(スサノオノミコト)が高天原より降られた時、お連れになった御子は、たくさんの樹の種を持って降られました。この樹の種を日本全国に播いて青山とされたため、森林・山の神としての御神格をお持ちになりました。

■4.縁結びの神・和歌の神
素戔嗚命(スサノオノミコト)は、出雲において稲田姫と劇的なめぐり会いをされて結婚されたことから「縁結びの神」として有名です。 また、稲田姫と新しい宮を造られた時に歌をお詠みになりました。「出雲立つ、出雲八重垣、つま籠みに 八重垣つくる その八重垣を」 これは日本の和歌の始まりとされ、素戔嗚命(スサノオノミコト)は「和歌の神」としても信仰されています。

■5.方除・厄除の神
八大神社は、古来より「北天王(北の祇園)」とも称せられ、皇居守護神十二社中の一つになっています。また、後水尾天王、霊元天王、光格天王が修学院離宮に行幸の際にお立ち寄りになり、白銀などを御奉納された由緒ある神社です。都の東北隅、表鬼門に位置しており、方除け、厄除けの神として信仰されています。
方除

■6.学業・教育の神
素戔嗚命(スサノオノミコト)の六世の孫に当たる大国主命(オオクニヌシノミコト)が、兄にいじめられて素戔嗚命(スサノオノミコト)に助けを求めました。素戔嗚命(スサノオノミコト)は、厳しいが温情ある方法で、大国主命(オオクニヌシノミコト)を鍛錬・教育されました。後に、大国主命(オオクニヌシノミコト)は、素戔嗚命(スサノオノミコト)の娘の須世理姫と結婚され、出雲へ帰って立派に国を統治されました。そのため、学業・教育の神としての御神徳をそなえておられます。

歴史

■鎌倉
永仁二年三月十五日 1294年3月15日
八大神社 勧請・創建
     
■室町
永享十年九月 1438年9月
舞楽寺天王 勧請

永享十年十一月 1438年11月
藪里牛頭天王 勧請
     
■安土桃山
文録五年 1596年
社殿完成
     
■江戸
享保三年 1719年
鳥居建立

享保十三年 1728年
狛犬建立

嘉永二年 1849年
社殿造営
     
■明治
明治六年十月五日 1873年10月5日
藪里牛頭天王社 合祀

明治七年三月五日 1874年3月5日
舞楽寺八大天王社 合祀

明治三十六年 1903年
石碑建立
     
■大正
大正九年 1920年
献灯建立

大正十五年 1926年
社殿造営 (現本殿)
     
■昭和
昭和六年 1931年
一乗寺村の京都市合併編入

昭和十五年 1940年
紀元二六00年記念:下り松玉垣 造営

昭和二十年 1945年
下り松の古木が祀られる

昭和三十九年 1964年
御鎮座六百七十年祭:社殿改修

■平成
平成五年十一月 1993年11月
御鎮座七百年祭:社殿改修・参集所新築 ほか