吉川英治と一乗寺下り松の決闘

作家吉川英治氏の著作に描かれた
八大神社と一乗寺下り松


決闘01「随筆 宮本武蔵」(講談社) 遺跡紀行 より引用・抜粋
武蔵が一乗寺下り松に立って多数の敵にまみえた日のまだ朝も暗いうちに、彼は、死を期したこの危地へ来る途中で、八大神社の前で足を止めて、「勝たせたまえ。きょうこそは武蔵が一生の大事。」と彼は社頭を見かけて祈ろうとした。拝殿の鰐口へまで手を触れかけたが、そのとき彼のどん底からむくむくわいた彼の本質が、その気持ちを一蹴して、鰐口の鈴を振らずに、また祈りもせずに、そのまま下り松の決戦の場へ駆け向ったという。
武蔵が自分の壁書としていた独行道のうちに、
「我れ神仏を尊んで神仏を恃(たの)まず」
と書いているその信念は、その折ふと心にひらめいた彼の悟道だったにちがいない。武蔵にこの開悟を与えたことに依って、一乗寺下り松の果し合いはただの意趣喧嘩とはちがう一つの意味を持ったものと僕はそう解釈する。

決闘02「随筆 宮本武蔵」(講談社) 遺跡紀行 より引用・抜粋
鳥居をくぐると、すぐ狭い坂道をどうしても登って行くようになる。かなり急だ。登りきった所の右がわの苔さびた一棟が、石川丈山の旧居詩仙堂の跡である。 その高い土地から立って、一乗寺下り松の追分を眼の下に見下ろすと、その仏暁(ぶつぎょう)に武蔵がどう闘いの地へ臨もうかと苦念したかという気持が突然暗い松かぜの中から囁かれて解けたような暗示を受けた。 ここから静かに下り松を見る。とすると、実に絶好な足場なのである。高い土地から敵の背面を衝いて、突如と吉岡の本陣へ直進することができる地は、絶対にここの山腹よりない気がする。

決闘03「宮本武蔵」(講談社)風の巻 より引用・抜粋
すでに空身(くうしん)。何を恃み何を願うことがあろう。戦わぬ前に心の一端から敗れを生じかけたのだ。そんなことで、なにがさむらいらしい一生涯の完成か。

だが、武蔵はまた卒然と、「有難いっ」とも思った。

真実、神を感じた。幸いにも、戦いには入っていない。一歩手前だ。悔いは同時に改め得ることだった。それを知らしめてくれたものこそ神だとおもう。

彼は、神を信じる。しかし、「さむらいの道」には、たのむ神などというものはない。神をも超えた絶対の道だと思う。さむらいのいただく神とは、神を恃むことではなく、また人間を誇ることでもない。神はないともいえないが、恃むべきものではなく、さりとて自己という人間も、いとも弱い小さいあわれなもの、と観ずるもののあわれのほかではない。